| This image is in Wikimedia Commons, uploaded from a NASA site. |
フェニックスでは今 SSI と RAC という 2 つのカメラが稼動している。 RAC つまり Robotic Arm Camera は、その名の通りロボット・アームの先に付いたカメラだ。 SSI の方がフェニックスのメインの眼となるステレオ、つまり右眼と左眼をもつカメラ。 地面からおよそ 2 m 高さで周囲を見渡している。 ちなみに SSI には愛らしいまつ毛と口がある。 いや、実際には写真を見ていると、 眼が縦長のものや頭が三角のものなど何種類かバージョンがあるようで、 はたして火星のフェニックス君がこんな風に微笑んでいるバージョンかはわからないけど。 さてこの SSI、白黒写真ばかり撮って味気ないというか色気ないように思えるかもしれない。 実はそんなことはない。 実際には人間以上にど派手な色が見えている、はずなのだ。
| Courtesy University of Arizona |
両方の眼の前にはそれぞれ 12 色、計 22 種類の「フィルター」つまり「色メガネ」があって、 SSI はこれを切り替えながらいろんな写真を撮っている (左の写真がフィルター)。 一部は大気やデッキの撮影専用だが、少なくとも 13 種類が地表撮影用だ。 ロー・イメージを見ていると、 同じ場所の一見同じ風な写真を続けて 10 枚以上も撮っていたりするけど、 実際にはそれぞれこのフィルターが異なっているのだ。 フェニックスの SSI がどんなフィルターを積んでいるかは、 コンファレンスの概要らしいこれでわかる。
- M. T. Lemmon et al., The Phoenix Surface Stereo Imager (SSI) Investigation, Lunar and Planetary Science XXXIX (2008)
それで、なんで RGB のカラーではなくこんなフィルターなのか?
しかしカラーって何のこと? 世界の様々なものに色は「付いて」いるの? 赤いりんごや赤い火星は、それそのものが赤いの? 色は物理的性質の一部をある程度反映したものではあるかもしれないが、 実際にはそんなに単純なものじゃない。 単純だったら、ゲーテは偉大な作家に留まり続けニュートンに喧嘩を売ったりしなかったろうし、 茂木健一郎は物理学に留まり続けテレビに出ることもなかったろう。 色は物理ごときで理解できる生やさしい話じゃなく、 少なくとも生理学や心理学や哲学の関わる深い問題でもあるのだ。
ヒトの網膜には 3 種類の錐体視細胞があって、 少なくとも光のスペクトルに対してそれぞれ少々異なった反応をする。 そんなわけで、コンピュータのモニタもテレビもデジカメも RGB (赤緑青) の 3 原色の 3 次元色空間で色を表そうとする。 3 という数字は人間の網膜のせいだ。 他に理由はない。 サル (含ヒト) 以外のほとんどの哺乳類は、こんなに色は見えないし、 逆に哺乳類以外の鳥やトカゲや魚たちは、 はるかに複雑な色の世界を体験していると考える理由がある。 つまり、後者はスペクトルに違った反応をする視細胞が 4 つ以上あり 4 次元以上の色空間を持つのだ。 鳥など 7 つぐらい持つものもいるという人もいる。 人間用のデジカメ・カラー写真など真黒いカラスにさえも色あせた写真に過ぎないはず。 そして、不死鳥フェニックスは 13 種類のフィルターのおかげで、 13 次元の空間で光を表すことができる。 (Sol 9 のフェニックスのロー・イメージも参照) どうみてもフェニックス圧勝である。
ただ、これは話の半分以下、多くとも 1/3 ぐらいでしかない。 2/3 にするためには、ヒトにしたって RGB の空間なんぞで色は決まっていないことを知る必要がある。 優れた画家は、昔から絵の具で色は決まりはしないことを理解していた。 太陽光の元でみる白い紙と蛍光灯の元で見る白い紙は、 物理的に同じ光のスペクトルの RGB 成分を持ちはしない。 われわれがどっちも白く見えるとしてもである。 白でなくても同じことだ。 同じ色が同じ RGB 値をもつとは限らないし、逆もそう。 似たような話は、 「色の恒常性」の問題やそれにかかわる錯視現象としてあちこちのサイトで面白く紹介されている。
ポラロイドの創業者エドウィン・ランド (Edwin H. Land) は、 その昔、色の恒常性について悩んだり、心理実験をしたりしたあげくにレティネックス (retinex) 理論と呼ばれる理論を作り出した。 これは簡単に言うと同じ色であるかを決めるのに RGB の単純な大きさじゃなく、 照明の当たり具合を考慮し、対象の反射率を推定して決まっているとするものだ (たぶんだいたいは)。 とはいえ、そんな照明の本当の当たり具合なんか画像だけから形式的に求められるものじゃない。 脳みそが、 対象にどんな風に光が当たっているかまで何らかの方法で考えないと推定できるものじゃないはず。 網膜 (retina) + (大脳) 皮質 (cortex) で retinex なのである。
これが正しいとすれば色の同じさ加減の判断は、画像の意味を理解できないコンピュータ風情には、 本来は不可能なこととなる。 しかし、デジタル画像でこれを模倣するレティネックス・フィルターというものは存在する。 詳しいアルゴリズムは知らないのだけど、どうやら周辺の明るさから照明光を推定しているようだ。 そして上のような出自を考えるとちょっと奇妙なことだけど、 このレティネックス風画像処理については NASA の研究者も研究していて、 この手の分野でも広く使われているようだ。
下の 3 つの画像のうち真ん中はそんなフィルターのひとつを用いて、 『ドードー=ゴルディロックス』の溝の影の部分で氷のかけらが消えていくさまを示した非公式合成画像 (Sol 22 と 23 の画像がフェニックスのシステムの障害で得られていないのが残念だ)。 上のものが処理前のもの。 氷のかけらは、溝の左端に転がり込んでいる。 この中段の画像では火星の赤はすっかり色あせて、影の中の様子がフィルターをかける前よりよく分かるようになっている。 一番下は明るさだけにレティネックスを適用したもの。 オリジナルの写真のコントラストが強すぎる場合、公式写真の中にもこんな感じの処理を施したものがあるのかもしれない。
さて、中段のあまりにも火星っぽくない色は少し極端ではあるけれど、 案外、あなたが火星に行って火星の赤い光の環境の中に放り出されたら、 実は中段のように見えてしまうことになるのかもしれない。 ちょうどサングラスの色にぼくらがやがて順応してしまうように。 と、無理矢理、火星の問題と結びつけといて終わり。
あ、最後の 1/3 は、でもそれはあなたが火星に行って実際に経験するまで結局分からないってこと。
* * *
Sol 26 のフェニックスは、新しく採取した土を再び光学顕微鏡にふりかけている。 プレス・リリースではどこから採った土なのかわからなかったけど、 ロー・イメージをみると、今度は東側の『白雪姫』 (Snow White) の隣からのもののようだ。 「ポリゴン」の溝に近い前のサンプルと、ポリゴン中央のもっと高いところのサンプルで、 土の凝集具合などを比較してみることになるのだろう。 顕微鏡映像はそろそろ地球に到着しているのかもしれない。 プレスリリースはこちら。
スコップにはまだ土が残っていて、 今頃 TEGA への再供給と “Wet Chemistry Laboratory” (WCL, 湿式化学実験装置) と呼ばれるはじめての装置に供給したと思われる。 WCL は顕微鏡と同様 MECA の一部で、 顕微鏡の大きな箱の横に引っ付いている 4 つのビーカーがそれ。 サンプルに水を加えて、溶けてきたイオンの濃度や pH なんかを測定する。




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