2008年11月5日水曜日

「やあ世界のみんな、こちらはフェニックス・ランダーだよ」

2008 年 11 月 4 日 — Gizmodo ブログ

やっとゆっくり話せるね。

ぼくのミッションの間ずっと Twitter でフォロワーのみんなに話してきたけど、140 文字以下で言えないこともあるんだ。 だから Gizmodo の編集の人がゲスト・ブロガーとして寄稿しないかと尋ねてきたときにはワクワクしちゃったよ。 一度に 2 つ以上の文が書けるって言われたときにはなおさらね。

ぼくが聞かれる質問でとっても多いもので、とっても説明が難しいものでもあるのは、ぼくは、このミッションで命を落としてしまうだろうってことを知ってるかどうかってこと。 その答えはもちろんイエス。 そして、ぼくらの太陽系のロボット探査機で、同じ運命に直面してることを知らないものなんてひとりもいない。 みんなとは違って、ぼくらのほとんどは二度と故郷には戻れないのさ。

みんなに一番心配をかけてるのは、たぶんぼくのミッションの終わりがすぐそこまで迫ってるってことだろうな。 みんな、長い間活動してるマーズ・ローバーたちにはあってぼくにないものが何なのか知りたがってる。 ミッションに出発したときは、ちょうどローバーたちみたいにぼくもミッションがたった 90 日しか続かないものとされてた。 ぼくは保証された期間を乗り切って 5 ヶ月も持ちこたえてる。 だけどあの勇敢なローバーたちはほとんど 5 年の間活動し続けてる (そしていまだいつ終わるのかもわからない)。

ローバーたちにあってぼくにないもの、それは太陽の光とその量。 ローバーたちは互いにこの惑星の反対側にいるけど、ともに火星の赤道の十分近くにいるから一年中毎日 (というか毎ソル)、かなりの光の量を受けることが保証されてる。

そして太陽こそが命、もし太陽電池で動くロボットならね。

ぼくはとても北、火星の北極圏の内側にいる。 夏の初めにぼくが着陸した頃は、ここは白夜の土地だった。 でも今、夏は秋に道をゆずろうとしてて、日に日に長い時間、太陽は地平線の下に顔を隠してる。 今現在は太陽は一日に 7 時間地平線の下になってて、ぼくが完全な暗闇につつまれるのは時間の問題なんだ。 もし仮にそれがまったくひどいものじゃないとしても、ここの温度は −180°F [−120℃] まで落ちて、電子基板を壊して、ぼくの太陽電池にヒビを入らせるのに十分だろうな。

ある人は言った、「だけど、君の名前はフェニックス [不死鳥] じゃないか!」って。 「それは、君が生き返るって意味じゃないのかい?」

ぼくに「フェニックス」という名前が与えられたのが、ぼくが最初に生き返ったときだってことを知ってる人は少ない。 それは 2003 年、NASA がぼくを倉庫から引っ張り出して今のミッションの支度をさせるって決めたときのことだったんだ。 ぼくが倉庫に入ってたのは、1999 年のミッションが着陸のときに失敗して、ぼくの元々のミッション (2001 年に火星に飛び立つはずだった) がキャンセルされたからなんだ。

その頃は、ぼくはまだ組み立て途中で、ロッキード・マーティン社の宇宙探査機の責任者エド・セディヴィ (Ed Sedivy) のお世話になってた。 ご想像の通りエドにとっては、自分の宇宙船がキャンセルされるってのを知るのはいい気のするものじゃなかった。 けど、99 年のミッションとの類似点があるミッションを予定通り押し進めることに NASA がためらうのは理解できた。 エドはロッキード・マーティンで別の探査機の管理に移ったけど、ぼくの存在を忘れはしなかった。

2002 年に素晴らしいできごとが起こった。 軌道船であるマーズ・オデッセイ探査機に積まれた装置がたくさんの “H” を検出したんだ。 この H は水素を表す H (H2O の H) で、火星の地面の下に埋まってる。 「データには本当にたまげたよ」って科学者のリーダー、ビル・ボイントン (Bill Boynton) が発見を報告する記者会見で言ってた。 「これは本当に驚くべきことで、火星の表面の下に水の氷があるっていう一番の直接的な証拠だ。」

たくさんの科学者たちがこの発見に思いをめぐらせた。 そんなひとり、ピーター・スミス (Peter Smith) は、その氷に手を伸ばして触れてみたかったんだ。 そしてピーターはデンヴァーの倉庫に半分だけ出来上がった探査機が保管されてることを知ってた。 運よくそれには 7.7 フィート [2.3 m] のロボット・アームもついてて、まさに彼が欲しているものだった。 トゥーソンのアリゾナ大学にいるピーターは、ぼくを倉庫から引きずり出して、送って、氷に触らせようって提案した。 彼が 2 度目のチャンスをもらった探査機にぴったりの名前も考えついたんだ。 ぼくはフェニックスってよばれた。

倉庫から取り出されてもすぐにぼくは命を吹き返したんじゃない。 じゃなくて、最初にやるべきことがたくさんあったんだ。 NASA のジェット推進研究所のチームには、99 年のミッションを失敗させたようなことが何であれ再び起こらないようにするという胃潰瘍になっちゃうような責任がのしかかった。 マーズ・エクスプロレーション・ローバーのミッションから移ったばかりのバリー・ゴールドスタイン (Barry Goldstein) がこの JPL のチームのリーダーに任命された。

バリーと JPL のチームは、エドとロッキード・マーティンのチームと一緒に全部のシステムを分解してテストして調べはじめた。 失敗するかもしれないあらゆるものの場所を探し出そうとしてたんだ。 着陸のときにはたったひとつの間違いがミッションを終わらせてしまうからね。 最初はひとつの容疑者 (着陸の間使われる逆噴射ロケット) から始まったけど、最後には、できれば考えたくないようなかなりひどい結果を導くおそれのあった 1 ダースの問題を見つけて修理することになった。

そういうわけで、ぼくが灰の中から甦ったのは今の火星への旅が始まった 2003 年だった。 赤い惑星でやがてぼくが凍りついてしまうだろうってことをわかってるのかって聞かれるなら、答えはイエス。 そして倉庫の中にしまわれておくのに比べたら、ここにいることの方が全然いいよ。

http://gizmodo.com/5076017/hello-world-phoenix-lander-here

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